英雄と虐殺独裁者の定義付けは、戦争を生む

前回に関連して、今回は歴史上の英雄と虐殺独裁者・暴君について考えてみたい。分かりやすく、古代と近世における両者を虐殺者数、功績、性向、民心掌握度を例に出して比較してみる。
一番の有名どころとして、古代ではカエサルとネロ、近世ではナポレオンとヒトラーが筆頭に挙げられる。今でこそ、彼らは両極端な評価を受けているが、当時においては大差がなかった。


では実際には、どちらが多くの人々を屠殺してきたか。虐殺被害者数は誇張が含まれやすいが、ならば尚更、平等に見なければならない。ここでは、ホロコースト検証が弾圧されている現状において、当問題を保留したとの前提で話を進める。また、ネロとヒトラーの悪行や性向については、事細かに歴史に残されているので、今回は割愛する。


カエサルはどうだったのか。彼はガリアで800の都市を侵略し、100万人以上のガリア人を殺戮し、100万人を奴隷とした。ガリア一の美しい都とされていたアワリクムはほぼ全員の4万人が虐殺され、焼き尽くされ消滅したが、このような結末を辿った都市はガリアでは珍しくなかった。また、カエサルガリア人兵士捕虜の両手を斧で切ってから開放し、反乱の恐ろしさをガリア人に知らしめた。
ゲルマニア人戦役では、ヘルウェティー族との戦いで、ヘルウェティー族36万人中、生き残ったのは11万人だけで、残りは殆どが奴隷となった。ウシペテス族・テンクテリ族との戦いでは、ほぼ全員の43万人を殺戮し地上から部族名を抹殺した。これらにポンペイウス討伐関連を含めたら、カエサルが殺した人数は数百万人にも及ぶ。誇張が有ったとしても、当時の人口を考えると桁外れの死者数になる。当時としては珍しくはないが、カエサルは兵士への給料代わりに、他民族への殺戮強姦略奪を大いに勧めていた。


ナポレオンはどうだったのか。スペイン・ポルトガルでは、彼の兄であるジョセフをスペイン・ブルボン王朝の王にした事から、多くの民衆蜂起が起こり、鎮圧の為に罪も無い民衆が数多く虐殺された(半島戦争)。これは、スペインの画家ゴヤが描いた“1808年5月3日の処刑”からも当時の惨状がうかがい知れる。結果として両国は焦土と化し、スペインでは今もナポレオン=虐殺者とのイメージがある。
イタリア戦役では支配地域への重税により住民反乱が起こり、弾圧の為に多くの人々が虐殺され、ドイツ・ライプチヒの戦いでは、ベルリン・ライプチヒドレスデンなどで一年以上もの膠着状態の持久戦により略奪虐殺が起こり、一帯は廃墟となった。ナポレオンは財政難を理由に全てを現地調達していたから、従軍慰安婦以前の惨状だ。
ロシア遠征ではナポレオン軍は敗退したが、同遠征によるフランス連合軍側の死者は凡そ40万人、ロシア軍は45万人といわれるが、ロシア側民間人犠牲者は200万を超える。


では、功績はどうだったのだろうか。カエサルガリアの属州化、ブリタニア遠征、ゲルマン民族の侵入阻止、ユリウス暦の制定、元老院の人数を増やし権力を弱めた、ガリア属州住民への市民権授与、帝政の礎を築いた等が挙げられる。
ネロは、全ギリシャ人への市民権授与、国庫統一、通貨改鋳、コリントス運河開削、間接税廃止、ローマ大火後の都市再建及び市民救済、芸術文化の保護育成が挙げられる。
ナポレオンは、ナポレオン法典を制定し各国民法の基礎を作った、軍隊の近代化、フランス革命思想の欧州拡散が挙げられる。
ヒトラーは経済政策で卓越した能力を発揮している。国民車製造会社(フォルクスワーゲン社)の設立、アウトバーンの建設、オリンピックの成功により、異常なインフレを解消し、600万人を超えていた失業者を50万人にまで減らした。第一次世界大戦の敗北で欧州の小国となったドイツは、ヒトラーの経済政策で世界第二位の経済大国になった。
また福祉政策も秀でており、乳児死亡率や結核等の死者も他欧州諸国より驚異的に低減した。環境保護にも配慮しており、工場への有毒物質除去装置の取り付けを義務付けた。国民に対する健康啓蒙は、タバコの分煙、合成保存料や着色料の危険視など、現代に通じるものがある。


性向はどうだったのか。ここでは有ること無いこと、言ったこと言わないこと、些細な噂までも持ち出され卑下されているネロとヒトラーは省く。残りの人物も両者と平等に見てみたい。
当時のローマでは政略的な面も相まって珍しくなかったが、カエサルは同性愛者で重度の浮気症だった。ビティニア王国との関係強化につながったニコメデス四世(男)との情事は有名だ。これによって付いた彼のあだ名はニコメデス王の男娼、禿の女たらし。癲癇持ちだったとも噂されている。
ナポレオンはどうだったか。彼は食人鬼との異名を持っていた。配下兵士の死亡率が異常に高かったためだ。また、落ち着きが無く、情緒不安定で、二回自殺未遂を起こしている。


民心掌握度はどうだったか。カエサルとナポレオンは帝政による独裁を目指したため、反対勢力が数多く存在した。対照的にヒトラーは民主主義に則り選挙で大勝しただけではなく、支持率も98%あった。
ネロはローマ大火後、帝居を開放し庭園に多くの仮設住宅を設けた。大火はネロが行った事との事も、キリスト教徒による放火と同じく噂に過ぎない。キリスト教徒弾圧にしても、当時のローマ市民の殆どが、一神教であるキリスト教を敵視していた。死後、遺体を辱められ放置されるローマ皇帝は数多くいたが、彼は丁重に葬られ、墓所には市民による花が絶えなかったという。文化芸術を疎んじた皇帝が多い中で、これらに精通し保護していたことも相まって彼は愛されていた。


こうして見ていくと、各人とも功績・残虐性・特異性・民心掌握度は大差が無い事が分かってくる。では何故、評価が分かれたのか。ネロはキリスト教徒を弾圧したから評価が低くなったと言われているが、ヒトラーは違う。では何か。それには、ユダヤ人に代表される既得権益者が重要なキーポイントになっている。
ここで、無闇に陰謀論と結びつけるのは好きではない。既得権益者の中でも、ユダヤ人は昔から商才に秀でており金融を手がけており、裕福だった。要は、いつの時代も資本を持つものが、陰の権力者との事だろう。


ネロは第一次ユダヤ戦争を起こした。事の発端は、属州総督フロルスがインフラ整備のため、エルサレルの神殿から金銀財宝を持ち出した事によるユダヤ人の暴動だが、ネロはウェスパシアヌスを討伐将軍として鎮圧に向かわせた。このような経緯から、ネロは後世のキリスト教徒やユダヤ教徒によって、過剰に評価を落とされたといえる。
対照的に、カエサルはどうだったか、彼はサンヘドリンというユダヤ人の最高裁判所を認め、ユダヤ人を徴兵から外した。
ナポレオンは、欧州各国のユダヤ人ゲットーを解放した。ヒトラーについては言うまでもないが、彼はユダヤ人を差別した。
カエサルユダヤ人優遇や、ナポレオンのユダヤ人ゲットー解放は、帝国の経済増強には功を奏するが、民心掌握との点ではマイナスだ。ネロやヒトラーは民衆に迎合したが、長期的に見れば民衆よりも、一部の資本家を優遇した方が後世の評価が高い。当たり前かもしれないが、民衆よりも資本家が風評においても影響力を持っているからだろう。日本のマスコミに蔓延り、消費者金融に代表される経済を牛耳る在日朝鮮人も同じくだが、資本による懐柔・言論弾圧は、中長期的に見ると独裁者による弾圧よりも強力で恐ろしいのかもしれない。


ローマ化(ローマの植民地化)を誇りにする欧州各国においては稀な現象ともいえるが、昨今のフランスではローマに叛旗を翻したウェルキンゲトリクスが、ガリア独立の英雄として見直されてきている。反乱側の部族長が降伏してきた場合は即座に部下に嬲り殺させていたカエサルだが、彼だけは最大の見せしめと権威付けの為に6年間幽閉され、カエサル凱旋式記念に公開処刑された。ちなみにウェルキンゲトリクスは、ルビコン川を狭い牢車で手枷足枷され体を縮めながら渡ったが、その時、カエサルは有名な「賽は投げられた」との言葉を残している。
フランスと対照的に、ドイツはどうだろうか。ベートーベンを持ち出すまでも無く、ナポレオンを今でも敬愛し、神聖ローマ帝国を持ち出すまでも無く、ローマを敬愛し自国内のローマ植民都市を誇りにする。東ローマ帝国の奸計とはいえ、西ローマ帝国を滅ぼしイタリア王となったオドアケルと同じゲルマン民族とは到底思えない。


私は何も、ネロやヒトラーを尊敬しろと言っているわけではない。英雄も暴君も、ただの人であり、彼らの犯した罪に差はない。そして、彼らの残した功績にも差はない。ネロやヒトラーを極悪人と糾弾するのであれば、カエサルやナポレオンも極悪人として糾弾すべきだろう。それが嫌であれば、歴史は事実を淡々と平等に伝えるべきだ。
ただ、これだけは言える。安易な英雄定義付け、暴君定義付けは人命の重さを差別し、虐殺正当化行為につながる。歴史上の人物に、これら定義付けは必要ない。


最後に、カエサルがよく言っていたであろう言葉を捧げる。「情けは無用!生き残りは私の悪評を広め、将来の反逆者を残すだけだ!一人残らず殺しまくれ!女は家族の前で辱めてから殺せ!町を血の海にしろ!町を焼きつくせ!偉大なるローマに楯突く蛮族に、未来永劫の後悔を与えるのだ!!!」彼の異民族に対する方針はゆるぎない。反逆者には確実なる死を、協力者には厚遇を。そんな彼も、同族ローマ人には裏切り者にも寛大な処置を行い、それが元で殺される。歴史とは皮肉なものだ。


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皇帝ナポレオン〈下〉 (角川文庫)

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アドルフ・ヒトラー