宗教論

丸に三つ柏



小沢氏は政治だけ騙っていれば良いものを、宗教論まで持ち出すので料簡の狭さが分かってしまう。拝金主義者だった金丸氏の意志を継ぐ小沢氏に宗教を語られたくはないが、確かに、数多の宗教は排他的な戦争を起こしてきた。
無論、小沢氏が尊ぶ仏教にしても政争や戦争を利用し利用されてきた。小沢氏はキリスト教イスラム教を排他的と述べているが、彼の定義を持ち出すのであれば仏教も排他的といえる。


キリスト教は排他的」民主・小沢氏、仏教会会長に 読売新聞 2009年11月10日

 小沢氏は会談後、記者団に、会談でのやりとりについて、「キリスト教イスラム教も排他的だ。排他的なキリスト教を背 景とした文明は、欧米社会の行き詰まっている姿そのものだ。その点、仏教はあらゆるものを受け入れ、みんな仏になれるという度量の大きい宗教だ」などと述 べたことを明らかにした。
(以下略)


日本史では僧兵が思い浮かぶ。彼らは武装し朝廷や室町幕府を悩ませただけではなく、天文法華の乱に代表されるように武力による寺院同士の勢力争いも度重なった。遂には、奈良興福寺の僧兵は大和を支配するに至った。
日蓮は他宗を激しく非難したことでも有名だ。彼は、その結果として二回(伊豆・佐渡島)も流刑に処された。


創価学会霊友会立正佼成会に代表される仏教系信仰宗教団体の大本は日蓮宗が多い。
大東亜戦争当時、創価学会は聖戦貫徹、世界折伏の掛け声の下、戦争に協力していた。創価学会の初代会長でもある牧口常三郎は、神道を非難し天皇陛下日蓮宗に帰依させ戦争に勝つとのたまって不敬罪で投獄となった。
日蓮宗の悲願は仏国土建設にある。実現の為に、他宗教や宗派が邪魔になるのは仕方の無い事なのかもしれない。
創価学会大東亜戦争中は戦争に反対していたと言い訳がましく言うのではなく、素直に仏国土実現の為、お国の為に協力していたと言えば良いのだが、左翼的自虐史観によって自らを偽るから訳が分からなくなる。
戦争協力といえば、熱心な日蓮宗信者であった関東軍参謀・石原莞爾日蓮信仰の名の下、東洋代表である日本と西洋代表であるアメリカとの最終戦争論を提唱した。


仏教徒による紛争は現代もある。スリランカでは多数派の仏教徒が仏教的政治を敢行している為、イスラム教徒との間で内戦状態が続いている。
チベット仏教ダライ・ラマは冤罪ながら、中共から反政府首謀者との烙印を押されている。


実際には、ユダヤ教は別として、イスラムもキリストも仏教も排他的な宗教ではない故に、民族や国境を越えて広まった。
確かに、キリスト教は十字軍遠征を敢行した。イスラム教は今でも聖戦を行っている。だが、キリスト教にはアガペーの精神があり、イスラムには寛容の精神がある。


中でも、世界各地のテロで特に誤解を生んでいるイスラムに特化して述べてみたい。
考えて欲しい。十字軍がイスラム圏で樹立させた国家が短命に終わったのと対照的に、キリスト教圏であったバルカン半島イベリア半島で、イスラム国家が長きに渡って繁栄したのは何故かと。元来、ローマ帝国領でありキリスト教圏であった地中海沿岸がイスラム教圏になったのは何故か、アラブ民族の民族宗教が旧世界を席巻したのは何故かと。


イスラム教は寛容な宗教 02年04月08日 レルネット主幹 三宅善信


キリスト教では、第二次世界大戦中に反共の下で無条件に戦争に加担したキリスト教団の中で唯一、博愛と無償の愛を貫き兵役を拒否しアメリカ・ドイツ双方で弾圧を受け収容所行きになったものみの塔が思い浮かぶが、ものみの塔でさえヒトラーに親書を送った過去があった。


ナチス・ヒトラーと「ものみの塔協会」との協調関係


仏教とキリスト教】 2009年11月16日 朝日新聞

――高野山を訪れた際に、西洋文明の行き詰まりの文脈でキリスト教について言及があった。日本キリスト教連合会が抗議文。
 「え?」
 ――「幹事長の発言こそが独善的だ」という抗議文を出している。
 「どこに出されているの。産経新聞に?」
 ――いや、産経新聞は。
 「私は文明論と宗教論を言ったんです。君は何教だ?」
 ――家は仏教です。
 「仏教っていうのはどういうの?」
 ――浄土真宗
 「いやいや、仏教というのは、どういう哲学だっつうの」
 ――すぐに答えられません。
 「ね。仏教っつうのは、死ねばみんな仏様になるんだよ。そうでしょ。除夜の鐘はいくつだったか、君、知ってるか?」
 ――108です。
 「うん。108っていうのは、どういう意味だ」
 ――煩悩。
 「そうだ。煩悩をすべて超越して、生きながらに超越できる人が生き仏だ。おしゃかさんが最初の人だ。その以降にもいろいろあったと思うけれども。いろん な、それに、お釈迦様に近い人もいっぱい出てきただろうと思う。これだけ普及したんだからね。だから、そういう意味で、生きながらにして仏になることもで きるし、死にゃあ、みな煩悩がなくなるから仏様。君んとこも仏様あるだろ?だから、他の宗教で神様になれるところがあるか?そうでしょう?基本的考え方が 違うということを僕は言ってるんですよ。仏教哲学というか、が背景だけれども、東洋の思想ちゅうのは、悠久なる自然の中の、人類は、そのひとつの営みとい うとらえ方だ。わかる?『それ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり』という李白の詩があるけれども。西洋文明は、人間が、うーん、霊長類として 最高の、自然をも、人間のいろいろな、まあ、これは少し、宗教ちゅうより政治論になるけれども、ために存在するという考え方だ。だから、有名なエベレスト 征服したときに、なぜエベレストを征服したのか、そこに山があるからだと答えをしたイギリス人がいたけども、地元では、霊峰としてあがめられて、そのエベ レストを征服しようなどという考え方は、アジア人にはほとんどない。そういう根本的な宗教哲学と人生観の違いを僕は述べたんです。わかった?僕も君も死ね ば仏になれるんだ、だから」


小沢氏は「生きながらにして仏になることもで きるし、死にゃあ、みな煩悩がなくなるから仏様。君んとこも仏様あるだろ?だから、他の宗教で神様になれるところがあるか?」と問いているが、「在る」との答えになる。


古代ローマ宗教では、皇帝は生きながら神になった。日本の国家神道でも、天皇陛下は現人神になった。現代においても、統一教会や摂理に代表される韓国カルトキリスト教団では、教祖は何れも神格化され崇められている。
バラモン教(ヒンズー教)の宗教哲学書・ウパニシャットは、自我であるアートマンと宇宙の最高原理であるブラフマンは一致すると説いている。グノーシス主義者は己に内なる神を見出していた。
アレクサンドリアのオリゲネスに代表されるように数多くの異端キリスト教徒は人間の神への回帰を説き、スペインのカトリック司祭であった十字架のヨハネに代表されるキリスト教神秘主義者達は、キリストを倣い神と人間は霊的に合一である(キリスト教を信じる全ての人々の中に神がいる)と説いていた。


しかし、生きながら仏になるのは本当に素晴らしい事なのだろうか。


池田大作仏を演出する“観念文” 月刊寺報 向陽 平成16年10月号

池田大作は今回五座三座の勤行と観念文の変更にこと寄せて、自らを生き仏にするべく巧妙な手段をもちいて会員を欺こうとしている。

 それは、「広宣流布祈念」という項目で、
創価学会初代、二代、三代の会長を広布指導者と仰ぎ、その死身弘法の御徳に報恩感謝申し上げます」

として、これまでの観念文にはなかった「三代」を付け加えたことである。先の会則変更で「永遠の指導者」となった池田大作ではあるが、今回の変更でついに「生き仏様」となった。会員たちは朝夕この観念をすることによりいつの間にか「生き仏様」を心の中に刷り込まれ、本尊が池田の写真になってもおかしいと思わないように洗脳されるのである。悪巧みはここに極まる。 もっとも、池田にすれば「三代」より「初代」になりたいところだろう。三代目はどこまで行っても三代目でしかない。そうすると、創価学会という名前を改めて、「池田教」とするしかない。そうすれば「初代教主」になることができる。これも時間の問題である。何しろ心臓に重大な欠陥を持っている池田大作であるから、時間がない。焦っているのが手に取るように分かる。法華経で説かれる永遠の生命など、毛頭信じることができないのが「凡夫池田大作」の真実の姿なのである。

 日寛上人の御本尊をまねた池田本尊を拝んでいる創価学会員諸氏よ、時代がいくら変わろうとも勤行は信仰の基本であることを忘れてはならない。信仰の基本をないがしろにして広宣流布と叫んでもそれは砂上に楼閣を築く愚かな行為である。功徳がでるどころか、地獄の苦しみを受けるだけである。
(以下略)


仏教と一纏めにしても、大乗仏教小乗仏教では仏になる為の条件が違う。確かに、大乗仏教では人々は仏になる可能性は高いが、小乗仏教では修行し悟りを開いた極一部の者しか仏になれない。本来の仏教は小乗仏教であるから、小沢氏の思い描く日本の大乗仏教とは大分違う。
「死ねばみんな仏様になる」との解釈に至っては明らかに間違っている。小乗仏教でも大乗仏教でも、地獄の概念は存在する。小沢氏には、幼少時に地獄絵図を見てトラウマになった過去は無いのだろう。最も、仏教だけではなく、煉獄や黄泉の国等、どんな宗教でも地獄に相当する概念は存在する(ヒンズー教にも広義の地獄は存在する)。
氏神からも分かるように、死ねばみんな神様になるに関しては、民間神道に適用すれば間違っていない。
小沢氏の問いかけは矛盾に満ちているが、どこかの韓国カルトキリスト教団よりも、どこかのカルト仏教団体の方が重要だとの思いだけは伝わる。


鳩山由紀夫 -Sensr

統一教会の『救国救世全国総決起大会』に民主党メンバー10数人を引き連れて出席されたことが報じられ、関係が疑われた 『週刊ポスト』2005年4月22日号 。


自分なりの宗教観を語ったが、宗教を否定するつもりは無い。
現在は宗教と距離を置いているが、親戚に住職(穏便な浄土真宗)がいたり、氏子であったこともあり、宗教は身近にあった。
一部の素行や事実、もしくは偏見を基に宗教を毛嫌いし、新興宗教をカルトと一蹴するのは簡単だが、果たしてそれは正しい判断なのだろうか。私は日本民族として、一部の素行や事実、もしくは偏見を基に日本を判断されたくは無い。
勿論、国家であっても宗教団体であっても、国民や信者が自身で考え判断する能力が無ければ、カルトでしかない。
新興宗教では、幸福の科学ものみの塔は何れも教祖至上主義・聖書絶対主義ながら、一番マシな教えと見解を持っている。創価学会にしても、上が変われば変化する可能性を秘めている。
更には、同一宗教でも様々な主義主張を持つ人々や宗派や地域があり、一つの宗教の傾向を推測するのは良しとしても、定義付けるのは難しいし、危険でもある。


しかしながら、これだけは言えるだろう。悪いのは宗教ではなく、宗教を悪解釈し利用してきた人類に他ならないと。


何れにせよ、今、小沢氏に語って欲しいのは宗教論ではなく、裏金問題だ。総理・鳩山にしても汚職塗れだが、麻生元首相の漢字読み間違いとは桁違いの問題にもかかわらず、マスコミは何故に大人しくしているのだろうか。
小沢氏も同じくだが、マスコミにも正しい宗教見解に基づく倫理観が必要なのかもしれない。


小沢氏に違法献金?「少なくとも5000万円」水谷建設元会長 配信元:産経新聞 2009/11/19


「小沢幹事長側に1億円」 水谷建設の関係者供述 2009/11/19【共同通信】


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釜山射撃場火災:静かだが断固たる態度の日本人遺族(上)2009/11/18 朝鮮日報


「日本人ばかり厚遇」 韓国側の家族ら不満 射撃場火災 2009年11月19日 朝日新聞




此度の釜山射撃場火災において、取り乱さず祈りを捧げる日本人遺族と、泣き叫び怒りを表す韓国人遺族との相違は、国民性も影響しているのだろうか。


日本でも娯楽・風俗店での防火不備による火災があるが、放火発生率も含め韓国は日本の比ではない。
94年のデータでは日本の1万人あたりの火災発生率は世界でも屈指の低さであり、欧米諸外国と比べても数十分の一以下と遥かに低い。


損害保険料率算出機構


(韓国)全国の5大犯罪発生件数、5年間で約20%増加 2009/07/31YONHAP NEWS 


主要国の中で一番治安の良い日本は、韓国とは対照的に犯罪が大幅な減少傾向にある。 


平成20年版 犯罪白書 法務省

 刑法犯の発生率の動向は,認知件数とほぼ同様である。平成10年(2,127.2)以降,毎年戦後最高を更新し,14年には2,897.5を記録した。翌15年に低下に転じ,以後,毎年低下して,19年は2,106.0(前年比145.7ポイント低下)となった。
 認知件数の罪名別構成比を見ると,窃盗が53.1%と最も高く,次いで,自動車運転過失致死傷等,器物損壊,横領(遺失物等横領を含む。以下,本節において同じ。),詐欺の順であった。


バチカン市国のような小国は別として、日本でも韓国と同様な火災や犯罪があるのは当たり前で、問題なのは発生率となる。
今回の火災は置いておくとしても、お隣の国ではあるが、韓国は欧州先進国よりも実際は遠い国でもある。欧州とアラブ諸国は隣接し歴史的にも縁が深いが、大きく異なってしまっている現実と同様といえる。
韓国は日本と同じとの考えで何の心構えもなく向かうのと、韓国は日本よりも遥かに危険な国だとの認識を持って向かうのでは、結果も大きく違う。海外では、自分の身は自分で守るとの基本を忘れてはならない。


当日記内関連記事:日本マスコミ教団


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