日本の軽量化


♦重厚と軽量


日本は小型化するのが好きな国だと言われる。
江戸時代に流行った根付は、携帯ストラップや駄菓子のオマケなどの精密な食玩として現代日本にも受け継がれている。盆栽はドイツでも人気がある。


ドイツと比べると、日本は小型化だけではなく軽量化も好きな国と分かってくる。木製の漆器はプラスチックのように軽い。戦時中の日本は、超々ジュラルミンを開発し丈夫で軽量な戦闘機・ゼロ戦を生んだ。


日本とドイツは似た国民性とも言われている。ドイツ製品は重量化、日本製品は軽量化と、方向は正反対だが、どちらも徹底した意気込みが伝わってくる。
日本の軽量化が他国よりも進んでいるとのことは、日本にだけ住んでいると分からない。
ドイツは世界一重厚感がある国、日本は世界一軽量感がある国だと思う。


日本は地震大国との要因もあるが、木造住宅が多く家具も軽い。中国は日本の隣国ながら、石材やレンガの家も多い。
昔の日本住宅には鍵が無かった名残か、襖の延長線のためか、ドアが軽い。ドイツは対照的にドアも頑丈なため、日本のドアの感覚で開けようとすると、開けられない。ドイツのドアと対局にある日本の襖。古今東西、文明国家の中で紙が殆どの襖ほど軽い扉は見たことがない。

日本製品より重厚なドイツ製品を数え上げたら切りがない。スーパーマーケットの買い物カート、エレベーター、家具、文具、台所用品、電車。ドイツ人は他の欧州人と比べても、重厚なものが好きなように思える。
車にしても、南欧の車にありがちな剛性の弱さがドイツ車にはない。北欧車のボルボでさえ、ドイツ車の剛性には敵わない。特に内装の重厚感はドイツ車の土壇場といえる。
スウェーデンのイケアや高級な北欧デザイン家具は重厚なドイツ家具とは対照的なイメージだし、繊細な作りが多い。家具の影響か、ドイツよりも北欧の方が明るく軽く感じる建造物が多い。


重厚化と比べると、やはり軽量化の方が理に適っているように思える。
重厚化は一見、頑丈なように思えるが柔軟性に欠けるため衝撃に対しては予想以上に弱い。それは、世界一硬いダイヤモンドが衝撃に対しては純粋な翡翠よりも劣るとの事実からも分かる。
新幹線は未だに事故を起こしたことがないが、ドイツの高速鉄道ICEは幾度と事故を起こしてきた。整備不良や精製技術の問題もあるが、やはり重厚化に対して過信があるように思える。
日本人は地震を通じて、重厚な家だから安全との神話が嘘だと理解している。揺れに対しては、柔軟性の無い重厚な家よりも、軽く柔軟性に富んだ家の方が耐久性がある。


時代はエコロジーや「地球や人に優しい」がトレンド。軽ければ、移動や輸送に必要な燃料代も節約できる。子供や老人、障害や病気を持った人でも簡単に扱える。地震で万が一、人が下敷きになっても助かる可能性が高い。地震が無い国でも、輸送中の事故やハリケーンや洪水等の災害に遭っても危険性が減る。


実際に、日本の軽量化技術は日々、進化している。折り紙工学を応用したトラストコアパネルが代表格か。軽くて丈夫で、運搬や廃棄も簡単だ。現在、ソーラーバッテリー・パネルで実用化されているが、将来は様々な分野で利用されそうだ。


♦人の軽量化


日本の軽量化は物だけではない。人も軽くなっている。ドイツと比べてしまうためか、体形の細い人、即ち体重の軽い人が多い。
店員は言葉遣いにも配慮にも気を使っているが、事務的で無機質で表面的な感情しか伝わってこない。


今の日本の若者はフレンドリーで人付き合いも上手いのかもしれないが、気概やハングリー精神を捨てた軽い印象しかない。
昔は他人の子供に対して叱っていた頑固親父がいたが、「争いごとはダメ」と表面的な偽善だけを吐き、何の解決手段も取らない人々が多くなってしまった。そういった日本人の街中や近所での行動が、仙谷や菅などの中国に対する一方的な平和外交を生み出し、中国を付け上がらせ、日本を危機的状況に陥らせてしまった。
日本製品の軽量化は素晴らしいが、軽薄な文化にだけは、なってほしくない。


今年はゲゲゲの女房が流行ったという。水木ご夫妻の貧しい中でも希望を捨てずに生き抜く姿は、人々に深い感銘を与えた。小惑星探査機「はやぶさ」からは、最後まで諦めない心、熱意を学んだ。


軽い人間は信用できないし、魅力も浅い。全身全霊で命を懸け、必死に生きることを失ってしまった人間は、例え平和な時代でも、悪人や中国やロシア等の悪逆国家が消えない限り、生き残ることはない。


軽量な製品と、重厚な人間こそ、今の日本が目指すべき道ではないだろうか。



「高速鉄道、欧州へ売り込み加速」 日立製作所・中西宏明社長 2010.12.29- MSN産経ニュース